21世紀の試練
 

● テクノロジー・自然・人間性の共生

・・・ハイブリッド時代の新たな模索・・・芸術の量産という矛盾を超えて。

技術がまされば人間性が不在となる?

技術と自然が相反する?

いやそんなはずはない。

人間が育んできた技術というものは、自然に人間が学び、

生存し続けるために得とくしてきたものに違いない。

いま、ありとあらゆるものにコンピュータが組み込まれ、

あたかも技術、テクノロジーが、

自然や人間性を蝕んでいるかのように言う人たちがいる。

人間の歴史を振り返ったとき、常に新たな技術が生まれ、

またその技術に強い抵抗感を感じた人々も多くいたに違いない。

 

テクノロジーは、単なる肉体労働的な手助けをしてくれる道具の域を抜けて、

考えることや、精神的な支えとして機能するまでになってきた。

シリコンという地球上に無限にあるような物質が、

その考える機械、コンピュータを構成していることも偶然ではないように思う。

コンピュータは使い方によっては、ダイナマイトや麻薬の悪用と同じ、

いやむしろそれ以上に人間社会に甚大なダメージを与える可能性を秘めている。

コンピュータテクノロジーに携わる者にとって、

またコンテンツビジネスに深く関わるものにとって、

自然と人間性との共生の気持ちを忘れることはあってはならないと考える。

 


● 加速するフラットコミュニケーション社会(表)と情報格差(裏)

デジタルデバイド・・・

・・・こんな時代に、個の尊厳は守れるか ?

上司と部下の関係は、e-mailによって少なからず影響を被った。

多くの仕事の情報が上司の手を経ずに、直接部下にわたるのである。

部下を持つ上司にとってはたいへんやりづらい状況になりつつある。

グループウェアで繋がれた職場のネットワークによって、

上司もまた部下の管理下に置かれる。

そんなフラットな職場環境は、会社の中のみならず、

ありとあらゆるところに波及している。

本来、家に一つあれば十分の電話も、いまは携帯電話の登場で

家族全員が電話を持ち歩く時代である。

デジタルが苦手な人たちはデジタルデバイドされていると言われている。

デジタルデバイドされている上司、親、先生、役人の権威は、

どこかに吹き飛んでしまったかのように見える。

しかし、本当にそうなのだろうか?

デジタルは所詮道具。

少なくとも今はそう。

これからはますます使いやすくなって、デジタルデバイドされる人も少なくなってくる。

デジタルとはそうしたものである。

 


自然環境にやさしい産業 > 低公害型産業の実践

デジタルは自然にやさしい。


 

2002/12/20

 

 


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